フィンランド-エストニア-ラトビア旅行を振り返る~エストニア(パイデ)編
エストニアの田舎町パイデへ。
お城。

SAKU

次の日はメッチャ霧。

霧でも試合はやる。
エストニアのプレミアリーグ。
地元パイデは右側。
試合はエースのザホバイコが大爆発。
ハットトリック決めて、4対0。
最下位脱出です。
ファイテ〜♪パイデ〜♪ファイテ〜

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フィンランド-エストニア-ラトビア旅行を振り返る~エストニア(タリン)編
タリンの港に到着。



歩いて旧市街地へ。
まずは一杯。


ホテルの廊下。
ちょいおしゃれ。


聖オラフ教会からの世界遺産眺望。

トームペアの丘からの眺望。
アレクサンダー・ネフスキー大聖堂。
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フィンランド-エストニア-ラトビア旅行を振り返る~フィンランド編
半年以上前の旅行を振り返ってみる。
面倒で置いときっぱなしにしてたけど、
忘れちゃうので・・・。
つうか、もうすでにいろいろ忘れちゃってるけど。

まずはホテルの近くにあった大聖堂。
フィンランド湾からすぐそこにありました。
いい感じで工事中です。



続いてフィンランドにきて最初にしたのがチケットゲット。
当日に試合があったので、ゲットしてタクで移動しました。
地元のヨケリットがロシアのチームに快勝。
アイスホッケー、初めて生で見たけど、なかなか面白い。
フィンランドで愛されてるスポーツなんだな、っていうのがわかる。
アレ♪アレ♪アレアレアレ♪
そんな掛け声がかかっていました。



翌日朝食食ったとこ。


どっかの寺院。


大聖堂側からフィンランドを望む方向。


どこかで食べたらしい。


スポーツ屋はアイスホッケーのスティックがいっぱい。


一路バルト海を横断中。
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サイババさん思い出話 2

サイババさん思い出話 1


の続き。

サイババ外国人宿泊施設に着き、夕方のダルシャンを見たその日の夜、
明日は「ほな、サイババ!!」と言ってやろうと決意した夜、
私はお腹をこわした。

それも半端なくこわした。

お腹のものは全部出尽くし、
もう水しかないのに、それも出ていき、脱水症状で死ぬのではないか、と思った。
その宿泊施設のトイレで会った日本人は、赤痢かもしれん、と恐いことも言っていた。
あ、オレ死ぬかも。
サイババに「ほな、サイババ!!」って言いに行って、
本当に「サイババ」するかもしれん、って思った。

ここで死んだら、誰か遺体を日本に送ってくれるのかな。
葬式、日本でできるのかな、って思った。
ああ、葬式でみんな「アホ」だと笑ってくれるかな、
それなら、本望というものだな、と思ったりした。

朝になっても、下痢は止まらなかった。
赤痢かもしれん、と言った日本人にお願いして、
病院に連れていってもらうことにした。

リキシャーに乗って、数分。
サイババ病院に到着。
英語ができる日本人信者に通訳してもらって診察を受けた。

ただの下痢です。

というのが医者の出したファイナルアンサー。
水をよく飲むように、
バナナを食べるように、ということに付け加えて、
食後に薬を飲むように、と真っ赤な粒タイプの薬を渡してくれた。
それはそれは薬とも毒ともとれるようなどぎつい真っ赤な色をした代物だった。

診療費用と薬代を払おうとしたら、
それはいらない、と医者は言う。

ありがとう。サイババ病院。

そして、ありがとう。日本人信者さん。
そんなあなたたちに私が何の目的でここに来たかなんて、とても言えなかった。

宿泊施設に戻って、自分の部屋で3日間ずっと寝た。
時にバナナを食べ、水を飲み、薬を飲み、ただ寝た。
一緒の部屋のイギリス人が薬を上げようかと言ってくれたり、
オレ、今日から帰るから、蚊帳をあげるわ、って言ってくれたフランス人もいた。

3日間、そこにいて、思ったことは信者のみなさまは真面目だな、っていうこと。
どこの国の人もサイババ関係の本を真剣に読んでいた。
お世話になった日本人もいい人ばかりだった。
自分が「観光」でここに来ただけ、と聞いても、特に宗教に勧誘するわけでもなく、
「ゆっくり休んでいきや〜。」というスタンスだった。

3日間ずっと寝たおかげか、もしくは薬のおかげで、下痢は治った。
アウトはムンバイーに数日後って決まってたので、その日に発つと決めた。
その日の朝のダルシャン。
サイババさんに「ほな、サイババ!!」って、その場で言う気分にはならなかった。
真面目に宗教に取り組んでいる人たちの前でふざけるのは流石に気が引けた。
でも、手紙を書いて、手に持っていた。
「サイババさん、ほな、サイババ!! byまさかず」と日本語で書いた手紙。
サイババさん、近くを通らないかな、って思ったが、
その日のダルシャンも遠くにいらっしゃるだけで、近くに来てくださることはなかった。

その日本語で書いた手紙を封筒に入れ、もしダルシャンで渡せる機会があるなら、渡してください、
と日本人信者の方にお願いをした。
もちろん、手紙の中身は決して見ないように、ということも追加でお願いをした。


私はサイババさんの信者になることはなかったけど、
たくさんの信者が世界中にいるということは、まぎれもない事実で、
サイババさんにはすごい求心力があるのだなと思った。
その後、日本のテレビでビブーティは簡単なマジックだという人がいたり、
サイババはインチキだ、という人がいたけど、
それは違うんじゃないかと思った。

ちなみに、サイババさんの所で100g50円くらいでビブーティを売っていたので、買って帰ってきた。
白い粉をインドから持って帰るということで荷物検査にびびったことを覚えている。
無事、荷物検査を通過し、友達に、その粉の成分について調べてもらったら、
土壁の成分が多かったらしい。
友達曰く、

「サイババさん、壁さわった手でビブーティ出しはったんちゃうん?」
とのこと。

そういう突っ込みどころが満載なところもサイババさんの魅力なのだ、と思う。
あの髪形も含めて・・・。

最後に私が言いたいことは、ただ一つ。
ご冥福をお祈りしながら、

「サイババさん、ほな、サイババ!! byまさかず」
カテゴリ:旅行記 | 22:47 | comments(0) | trackbacks(0)
サイババさん思い出話 1
今から12・13年前、大学2年生と3年生の間の春休み、サイババさんに会いに行った。
サイババさんに「ほな、サイババ!!」って言いに行くためだけのインド旅行だった。

チェンナイに入って、そこから電車で数時間かけてバンガロールに行った。
バンガロールはサイババさんの居住地の最寄り駅。
バンガロールの駅前の観光案内所でサイババさんに会いたいんですけど、
っていうと、ホワイトフィールドにいてるから、あのバスに乗れって言われたのを覚えている。
サイババさんは、ホワイトフィールドにいるか、ブッタパルティにいるか、どちらかの場合が多い。
自分が行ったときは、たまたまホワイトフィールドにいるとのことだった。

バンガロールからバスで1時間ほどだったと思う。
降ろされたホワイトフィールドの近くのバス停には何もなかった。
近くの人に聞いたら、ここから歩いて30分だという。
歩いた。
暑いインドの中、どこなのかもわからない道を歩いた。
30分歩いたところに町が広がっていた。
サイババ、ホワイトフィールドの門前町。
その中心にあるサイババ宗教施設に入ると、信者か?と聞かれた。
もちろん、と嘘をつく。
半ズボンじゃなく、長ズボンを身に着けるように言われた後、宿泊施設に入れてもらう。
たしか、ベッドも何もないコンクリートの部屋に入れられた。
外国人5人部屋。
アルゼンチン人と他ヨーロッパ人3人に私。
寝袋の中や、蚊帳の中で、みんな本を読んだりしていた。

その宿泊施設のすぐそばにダルシャンができる広場があった。
ダルシャンとはサイババさんが出てきて、信者のそばを歩いて手紙を受け取ったり、
ビブーティ(白い粉ね)を出して与えたりする儀式。
サイババさんは朝と夕方、一日、2回、それをなさっていた。

このタイミングだ!!

「ほな、サイババ!!」というのは、このタイミングしかない。
そう思った。

着いた日の夕方のダルシャン。
今日はひとまず下見、って思っていると、まあ、信者の多いこと。
びっくりした。
1000人くらい、いたんじゃないかと思う。
さあ、いよいよ生サイババさんとご対面。
広場の後ろの方からのぞいていると、ヨボヨボのじいちゃんが白い衣服を着て出てきた。
あれ、オレンジじゃないから、サイババさんと違うかと思ったけど、顔を見ると、

生サイババさん!!

結構、おじいちゃん。
このとき、すでに90代まで生きるって予言してはったので、
これはしまったな、って本人も思ってるやろなあ、って思った。

さて、ダルシャンだが、司会者的な人がなんか言うてはる間、
サイババさんは前の席で座っていて、ずっとこっちを見ていらっしゃった。
しばらくして、司会者の話が終わると、信者の近くまで歩いていき、
ビブーティ(白い粉ね)を出してあげたり、手紙を受け取ったりしていた。

サイババさんの巡回は数分で、全体をまわりきれなくて、すぐに奥に消えていきはった。

なるほど。なるほど。

傾向と対策はわかった。
,覆襪戮前で陣取って、「ほな、サイババ!!」って囁けばなんとかなるかも。
大声で「ほな、サイババ!!」っていうと、信者たちに睨まれ殺しされそうな人数であること。

さあ、明日のダルシャンから実践するぞ、と思った。
旅行日程はまだまだ余裕がある。

2へ続く。・・・と思う。

カテゴリ:旅行記 | 22:04 | comments(0) | trackbacks(0)
サンフランシスコ旅〜食事編

今回がサンフランシスコ旅、最後のエントリーの予定。

最終日は、サンタクルーズからサンフランシスコ空港までレンタカーで行った。
途中サンノゼあたりで道を間違ったけど、
だんだんナビに慣れてきて、すぐに修正。
結構、すぐ慣れるもんやね。
びっくり。

空港でレンタカーを返して、飛行機出発までの時間を待ってると、
サッキー&フルフルに遭遇。
この2人がいなかったら、日本人は自分だけだったので、本当に感謝。
写真もとってもらったし。
そうこうしてるうちに帰国。
帰国便は隣の中国人団体客がうるさかったので、げんなり。
飛行機の中でトランプするな!しかも、通路を挟んで!!!

さて、サンフランシスコで食べて写真をとったものを紹介。



サンフランシスコのモナーチホテル近くで食べたメキシコ料理。
羊の肉に独特の臭みがあって、う〜ん、って感じ。



サンタクルーズのパシフィック通りにある日本料理屋の親子丼。
やっぱ落ち着く。



もう一回、同じ店に。
今度は天ぷらそば。
アロエの天ぷらが入ってるように、ちょとアメリカナイズされてるけど、
ハンバーガーやらサンドイッチよりかは食べやすい。



缶ビール。
クアーズライト。
結構、飲みやすかったので、ホテルの一杯用。

全体で見ると、なかなか楽しかったので、良い旅でした。
レンタカーで事故るのを少し覚悟してたので、無事で何より何より。

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サンフランシスコ旅〜コンテストの一日

昨日のつづき

コンテストは大体、12時前くらいに演奏が終わったので、
そこからは、いろんな人の演奏を見る。
のこぎりものこぎり以外もある。

サッキーとフルフルは事前に言ってたみたいで、
フルートの時代劇メドレーをしていた。
上手!!

舞台があるのはキャンプ場で、
横にモクモクと煙を吐き、
ポッポーという独特の音を出すSLが走っていた。
そこには、アメリカ人の観光客がいっぱい乗っていた。



コンテストの順位発表は3時か4時くらいにあって、
そのあと、優勝のピーターさんの再演があり、
カーウィンののこぎりワークショップへと続いた。



カーウィンは28インチが一般的だ、と言っていた。
私が今持ってるのは、26と30インチ。

・・・・・・・。

買ってしまいました。
だって、40ドルっていう安さやってんもん。


28インチのブラックロック。
使ってみると、、、、
う〜ん、日本人にはやっぱりちょっと長い気がする。



上は参加賞の賞状。
4位って書いてくれてもええやんか、
って、今になって思う。

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サンフランシスコ旅〜コンテスト

久しぶりに旅のつづきを。

さて、本番。
10時集合のところ、10時過ぎに行くと、
サッキーとフルフルはもうすでに来ていた。
サッキーはきれいな衣装を着ていて、
あ、そっか、コンテストっちゅうのは、そういうのん、
気をつかわなアカンかったんかー、って思う。

25ドル払って、コンテストにエントリーして、
ポールさんにこのCDを本番の時かけて、と頼み、
のこぎりの絵の描いたTシャツを買い、
のこぎりの音を出してみたりしながら過ごす。



コンテスト出場者は4人。
順番を決めるくじ引きをひく。

ああああああ!!

1と紙に書いてある。

1番最初。
・・・ま、この時点で運がなかった。

本番までのちょっとの間、昨日みたいに出場者全員でJAMる。
ま、私は音を外すんですけど。
でも、一生懸命弾く。

このJAM、すぐ終わるかと思えば、結構長くて、腕が疲れてくる。
で、ここで手を抜けばよかったんですけど、
一応がんばってしまったのです。(はい。言いわけです)

その頑張った後、いよいよ舞台がテキパキと用意される。
ああ、もう始まる前から左腕ちょっと痛いじゃないっすか。
オレのバカ。
とか、思いながら、本番。

暗記した自己紹介と曲紹介をする。
I am Masa  from Japan.
First , I play Auld Lang Syne.
Next, my tune of choice is Jesu, joy of man's desiring
by J.S.Bach arranged by my friend satton.
Thank you.

ってな感じを日本語英語で言う。

最初のAuld Lang Syne(蛍の光)は課題曲。
伴奏なしで弾く。

うん。
まずまず。
普通に終わることができた、と思う。

次は自由曲。
選んだのはJesu, joy of man's desiring(主よ、人の望みの喜びよ)


最初のサビが終わった後の、ターン、ラ、ラーンのところが、
のこぎりの音とよく合うのです。・・・・うまくいけば
sattonにアレンジしてもらって、さらに曲の良さはパワーアップ。
でも、腕が、腕がついてこんのです。
さらに、曲の途中で腕が疲れてくると音が上ずる傾向があって、
これはsattonにも気をつけないと、ね、
言われていて、ああ、その通りだ、と思っていたのですが、

・・・やっちゃいました。本番で。

JAMですでに腕が疲れていたのでヤバイな、とは思ってたんやけど、
うん、外しました。
しかも、普段外さないところまで、曲の後半は外しまくって、
あ〜あ、万事休すって感じ。

もうちょっと上手く弾きたかったなあ。
自分の未熟さが残念過ぎ。



撮影フルフル(←感謝)

さて、二番手はサッキー。
自由曲はモーツアルトの「魔笛 夜の女王のアリア」。



いやあ、上手。
高音の音の合わせるノン難しいとこ、確実にびたっと、
ええ音鳴らしはります。
しかも、のこぎり始めて、たった10ヵ月。
すごいです。



3番手はピーターさん。
ピーターさん、蛍の光が凄かった。
1番と2番とでオクターブを変えたのである。
しかも、その替え方がハンパねえ。
1番はのこぎりの柄の部分を股に挟んでたんやけど、
2番はのこぎりの真ん中くらいを股に挟んで、
強制的にのこぎり部分を短くして、音を上げたのです。
う〜ん、この凄さは伝わらないと思うけど、
あれ、結構、練習しないとできないよ。
そして、自由曲はタイタニックのテーマ。
ああ、なるほど、この曲ものこぎりに合うやんなあ、
って聴きながら思った名曲。
のこぎりの音の良さを知ってはるなあ、っていう音だった。



4番手はウェユーカーさん。
自由曲は自作。
のこぎりのテクニック的には、
多分、私と変わらないくらいだと思うけど、
音をその場でサンプリングしながら、
曲をつむいで、作っていく過程が面白い。
のこぎりの音や、生活用品を叩いてとったサンプルを
何重にも重ね合わせて、最終的に自分で歌を歌って終了。
ああ、こんなやり方もありなのか、って思う。




で、結果発表は15時くらいからあって、

1位:ピーターさん
2位:サッキーさん(←本名は違いますけど、出していいのか、よくわからないので)
3位:ウェユーカーさん

参加賞:まさかず

ええ。
本当のところを言いますと、私は4位ではなく、
4番目なのです。

そう、あたくしがもらった賞状には参加賞ってしか書いてませんから。
去年は人数が多かったから5位まであったけど、
今年は人数少ないから3位までにしました、
と多分、カーウィンは言ってました。
(↑結果発表の時のスピーチ。英語だからよくわからない)

う〜ん、本当に残念な結果。
でも、リベンジしよう、とは思わなかった。
やっぱ、のこぎりは楽しく弾くのがいいので、
コンテストみたいな、そういうのは、もういいかな、って思った。

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サンフランシスコ旅〜前夜祭3

さて、昼間の前夜祭も終わると、
今度は明日の本番の地で
ご飯食べながら、JAMるぞ、って言われる。

はーい。
JAMれないけど、行きま〜す。

っていうことで、車で15分くらいのキャンプ場に着く。




みんなが持ち寄ったものを食べる。
途中のスーパーで何か買ってきたら良かったな、
食べてばっかで申し訳ない。
チキンやらピザやらサンドイッチやらタピオカやら、
アメリカに来て、一番おいしかったかも。
言葉は通じねども、みんなで食べるとおいしい。

台湾系のピーターさんは両親が日本語ができたそうなので、
日本語が少しできる。
サッキーとフルフルも来たら良かったのにな、と言い合う。
彼らはサンノゼという車で一時間くらいの街にホテルをとったので、帰って行ったのだ。
残念。

ピーターさんはお医者さん。
一般外科。
とおっしゃっていた。

昨日の写真ののこぎりは、私も持っているバーコちゃんだけど、
50年以上前のかなり長いのこぎりも持っていて、
のこぎり演奏のキャリアは相当長いらしい。

で、JAMの時間。
カーウィンがオレのん、どれ使ってもええよ。
っていうので、中国のやつをちょこっと借りる。

大きさは26インチ。
悪くはないけど、ちょっと細くて、
音域がわたくしのウエンツ君より狭いっぽい。

JAMの感じは昼間と同じだった。
は〜い。
笑ってごまかしま〜す。

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サンフランシスコ旅〜前夜祭2

さて、のこぎりフェスの前夜祭。
といっても、のこぎり奏者はカーウィン・サッキー・あたくしの3人だけ。
JAMるっていっても、他の楽器を持ってるのもフルフルのクリスタルフルートだけ。
13:00〜と言いながら、結構ダラダラして、
さあスタートって感じじゃなかった。

ポールさんは街灯からベースの電気とろうとして、
できずに苦戦してるし、
カーウィンはそこらへんを歩いているギターケース持ったおっちゃんに、
なあなあ、JAMらへん?って言ってるしで、混沌。

でも、一時間を過ぎたあたりから、
カーウィンの知り合いのギター弾きが来たし、
ポールもどこからか電気をひっぱってきたし、で形になってきた。

この前夜祭。
目的ははっきりしていて、
明日のこぎりフェスに来てね、っていう宣伝だった。
街行く人に演奏聞いてもらって、チラシを手にとってもらい、
明日、ここから車で15分くらいのとこでやるフェスに来てね、っていうことだった。

さて、ここで大事なことに気付いた。
あたくしには、絶対音感がない、っていうことである。

う〜ん!!致命的!!

JAMるって言っても、知らん曲はあれ、こっちかな、この辺の音?
って探りながら弾く。
ときに外す。
いや、よく外す。
しかも、思いっきり。

サッキーはその辺、とっても上手で、
一度聞いた曲をちゃんと弾いている。
うまいなあ。
っていうか、サッキーメチャクチャ上手。
多分、フルートをしてきたっていうバックグラウンドと練習量だろうと思うけど、
高音をきれいに出すのが特に上手かった。

珍しい楽器やし、
サンタクルーズのメインストリートということもあって、
10数人に囲まれながら、JAMは続く。

途中からもう1人のこぎり奏者が来てくれた。
ロス在住の台湾系のピーターさん。
長いのこぎりを歯のところを含めてグーで持つという荒業ののこぎり奏者。
歯があたるところは布で巻いて手をガードする。



すげえ。
痛くないんかなあ?
でも、彼もめちゃくちゃ上手かった。

さあ、上手い2人に囲まれたあたくし、
音を外した時は、どうするかって!?

・・・・もちろんジャパニーズスマイルっすよ。

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